Archive for 1月, 2017
ここ数日、また暖かな陽気の日が続いています。
縁側にむしろに包んだまま放っておいたインゲンがあったことを思い出し、むしろを開いてみました。
すると、完全に自然乾燥されたのでしょう、インゲンの鞘はクルクル巻きとなって中の豆をほとんどはじき出していました!
鞘の中から豆を拾い出す手間が要りませんでした。
この鞘のクルクル巻きが本当にすごいのです!
完璧に捻じれていて元に戻すことは出来ません、、
1人で自然にこうなるように、鞘が仕組まれているのですね、、
自分で歩いて移動することは出来なくても、出来るだけ遠くに子孫を残そうとして思いっきりパチンとはじいて種を飛ばす仕組みです。
大量のインゲン豆とともに一緒にむしろに包まれて寝たら、パチンパチンと鞘からはぜる音に包まれて、どんなにか楽しいことでしょう!
なんとなく、癒し効果!?も高い気がします。。
来年は試してみようかしら!(^^)
旅の楽しみの一つに、お土産選びがありますよね!
今回久米島で出会いました素敵な品々の一部を、、
無農薬30年以上、久米の銘水育ちの惣慶(そけい)もやし!
そして、球美のらー油!
海洋深層水育ちの海ブドウ!
この一粒一粒のプチプチの中に、海洋深層水が含まれているのですよ~!!
久米島珈琲(オーガニックの輸入豆を久米島で焙煎しているそうです)
そして、久米島紬のペンケース。
月桃染めと泥染めです。
こうして書いていましても、またすぐ久米島に行きたくなりますね、、
モニターツアー3日目の朝、、曇り空に少し日が射してきましたので、外に散歩に出かけました。
宿泊しました「リゾートホテル久米アイランド」の目の前は、「イーフビーチ」という日本の渚100選に選ばれた長さ2キロの白砂のビーチです。
透明度が高くて遠浅の海、、、思わず飛び込んで泳ぎたくなりました!(笑)
最終日の体験は、ユイマール館のあります真謝(まじゃ)集落の散策でした。
どの民家にも、門にシーサーが飾ってあります。
家々によってシーサーの表情やポーズが違っていて、そのどれもが個性的で愛らしくシーサー巡りをするだけでも楽しい集落だな、、と感じました!
シーサーは、口を開けているのがオスで、口を閉じているのがメスなのだそう。オスが口に幸せを引き寄せて入れ、メスはそれが逃げないようにしっかりと口を閉じているのですって!
こちら、ちょっと勇ましいシーサーです!
瓦屋根の上のシーサーも発見しました!
真謝集落の散策は、5人ずつの小グループに分かれ地元のガイドさんに案内をして頂きました。
写真は、「石敢當(イシガントゥ)」と呼ばれる魔よけの石碑の説明をしてくださっているところです。
沖縄では、「マジムン」という魔物が家に入ってこないようにT字路の道が当たるところにこの石碑を立てておき、マジムンをあえてこの石碑にぶつけさせることで家を守っているそうです。ガイドさんたちは、地元の子どもたちにも見せているというマジムンが石敢當にぶつかる寸劇を披露してくださいました!とても解りやすくて楽しかったです!!
真謝集落には、今も久米島紬の染色と機織りの伝統が残されています。
軒下には、糸を干すためのロープが下げられていたり、
染物のための竈の煙突がありました。
「旧仲里間切蔵元跡」は、昔の役所の跡地です。高い石積みの技術が見所です。
散策の途中で、泥染をしているお宅がありました。
全部で160回以上の染めの作業工程を経て仕上げられていく、久米島紬の伝統的な技、、
泥染めの前に、植物染料での染めを120回ほど行うそうです。
それから泥に漬けて干し、再び植物染料に漬けて干してを20回ほど繰り返してから2回目の泥染めをし、三度植物染料に漬けて干してをさらに20回ほど、そして3回目の泥染めをして、ようやく染めの仕上がりなそうです。
それからさらに砧打ちをしてつやと風合いを増し、厳しい検査に通ってようやく反物としての完成となります。。
久米島では、この、糸の染色から機織りまでが一人の織子さんで一貫して行われます。分業ではなく一貫生産という点も久米島紬ならでは、の特徴です。
こちらは、染色用の竈です。
こちらは泥染用の泥。
現在は、泥染め用の泥を取る池が決まっているそうで、その泥から細かな篩を使ってごみや石などを取り除いて染液にしていきます。
泥染めの久米島紬は、本当に気の遠くなるような手間がかけられているのですね、、頭が下がるばかりです。。
さて、、散策は続きまして、こちらは「天后宮」という県指定有形建造物です。中国の冊封船の救助(ホームビジットの夕飯でお世話になりました喜久村家が救助)のお礼で建立されたということです。
こちらは、樹齢200年以上の真謝のチュラ(美しい)フクギ。(県指定天然記念物)40メートル以上にも及ぶフクギ並木です。
そして、仲原家へ到着しました。
昭和35年に建築された木造赤瓦葺き屋根の平屋で、昔風の石垣やフクギ、フール(豚小屋とトイレ)が残されています。
ここで、モニターツアー参加者の意見交換会とミサンガ作りが行われました。
参加者の皆さんは久米島大好きな方たちで、久米島のために何か役に立ちたい熱い思い一杯の人たちばかりで活発に意見が出されました!
ミサンガに使われた糸は、貴重な久米島紬の紬糸でした!
ツアー最後のお食事は、仲原家にて、「ゆくい処笑島(わしま)」さんの、久米島の食材を使用した松花堂弁当でした。
これもとても美味しかったです!!
あっという間の3日間、、
ブログには割愛した観光名所も沢山ありました。
書ききれなくてすみません、、、
そうそう、これだけは!!
水深612メートルから汲み上げている海洋深層水100パーセントの温浴施設「バーデハウス」は、最高に気持ちが良かったですよ!!
久米島空港にて、最後の記念撮影です。。
まだまだ知りたいこと、見たいこと、体験したいことを沢山やり残してきましたので、必ずまた久米島に行きたいと思います==!!
麻衣子さん、久米島の皆さん、国際旅行社の小波津さん、久高さん、モニターツアーご参加の皆様、本当にお世話になりました!!
楽しい3日間を、ありがとうございました!!
2日目のメインの体験は、久米島紬の資料館「ユイマール館」での草木染のショール染め、糸紬ぎ、コースター織り体験、そして久米島紬の着付け&撮影会でした!!
ユイマール館の展示品コーナーです。
久米島観光協会の麻衣子さんより、ユイマール館の織姫さんたちのご紹介がありまして、、
真謝(マジャ)集落に暮らすガイドさんが、久米島紬発祥についての紙芝居を見せて下さいました。
15世紀の後半に「堂の比屋」という傑出した人物がいて、中国の養蚕技術を広めたのが久米島紬の始まりと言われているそうです。
そして日本の紬絣の技法は、久米島を起点に発達、沖縄本島から奄美大島、久留米、結城へと伝わり日本全国へ広まって行きました。
さて、、最初の体験は草木染のショール染めでした。
モモタマナから黄土色に、サトウキビから萌黄色に、月桃から桃色に、ヤマモモとナカハラクロキから黄色に、シャリンバイから濃い桃色に染め上げます。
輪ゴムや紐を使って白い色の絞り等の模様を出すのですが、これが出来上がりをイメージするのが難しい、、
頭でいくら考えてもわからないので、とりあえずやってみるしかない~!(苦笑)
こちらは、染液を作り染める部屋です。
今回は、ヤマモモとナカハラクロキの黄色に挑戦しました!
みるみるうちに、ショール生地が黄色く染まっていきました!
しばらく染液に漬けた後、よくよく水洗いをしまして、外に干します。
皆さんが染めたショールが風になびいて、とても美しかったです!!
ショール染めの合間には、糸紬ぎも体験しました。
真綿から糸を繰り出してよっていくのですが、指の筋肉痛になりそうな!?、根気のいる大変な作業でした。。
次にコースター織り体験です。
これまで何回か機織りの体験はありましたが、何回やっても緊張しますよね、、とにかく手と足がちぐはぐになってしまうので、落ち着いてやらないと!
コースターも、ヤマモモとナカハラクロキで染めた黄色い糸で織り、ツバメの模様を織り込みました!
ご指導して下さった織姫さんと、田村さんとの記念撮影です!
それから部屋を移動しまして、織姫さんたちや石垣島からお越しの和装コーディネーターの山本先生に着付けをして頂きまして、皆さんと一緒に真謝集落をお散歩しました!
農楽母さんは泥染の着物を、田村さんは月桃で染めた淡い桃色の着物を着せて頂きましたです!!
こちら、恥ずかしながら!?、後ろ姿です。。山本先生によります帯の結び方が可愛らしいでしょう、、
皆さんで、着物姿の写真撮影会です。
こんな素敵な若いカップルも!よくお似合いですよね==!!(^^)
集落の散策の途中には、サトウキビ畑や、
お野菜の畑もありました。。
真冬でも土が顔を出していて、(つまり、雪が降り積もっていなくて!)グリーンがあるってなんて豊かなのでしょう、、
散策の後は、3時茶(さんじちゃ)のゆんたく会!
10時のお茶を「じゅうじちゃ」、3時のお茶を「さんじちゃ」と呼ぶのですって!なんだか可愛い呼び方です。。そして、「ゆんたく」とは、おしゃべりのこと!
地元でローゼルを栽培しローゼル茶を作っているみなみ農園さんからご挨拶があり、ローゼル茶やジャムの試食もさせて頂きました!
他、久米島珈琲や味噌蒸しパン、紅芋のシュークリームもとても美味しかったです!
織姫さんたちとのおしゃべりも楽しかった!
着物タイムが終了しまして、この日の夕飯は久米島の古民家のご家庭へホームビジットです!
お邪魔しましたのは、喜久村家のお屋敷です。
喜久村家は、700年代に中国の貿易船が座礁した際に中心となって救助に当たり、その船は無事中国に帰ることが出来たそうです。そのお礼に中国から海難を救う菩薩様の像が送られたということで、その像は今も近くの菩薩堂に祭られています。
敷地内には、宇根の大ソテツと呼ばれる樹齢約250年の大きなソテツの木がありました!
大きな枝(?)が自由に伸び放題!あちこちに石の支えが打ってありました。
喜久村家のご当主とお手伝いに来て下さったご近所の皆さんです。
夕飯の前には、畑でニンジンの収穫を体験させていただきました!
土と生野菜に飢えている農楽母さんは、つい興奮してしまい、人目も憚らず土から抜きたてのニンジンに齧り付いてしまいました==!
((ボリボリと1本平らげて、大変幸せでありました。。。))
皆さんと収穫しましたニンジンの葉は、すぐに天ぷらにして頂きました。沖縄の天ぷらは、餅粉と小麦粉を半々に合わせるのだそうです。
ですので、もっちもちの美味しい天ぷらになりました!
こちらは、手作りのサータアンダーギーです。
プレーンとカボチャとタムイモの3種類の味がありました!
心のこもったお料理の数々です。タイモの炊き込みご飯、ミミガーの和え物、タイモのデンガク、切り干し大根とかまぼこの煮物、ナカミ汁。
宴の最初には、琉球の舞があり、、
サンシンの演奏があり、、(サンシン名手の惣慶さんは、実は有名なもやし作りの達人!久米島で30年以上無農薬で美味しいもやしを作り続けているのだそうです。)
和装コーディネーターの山本先生や、
織姫さん代表の山城さんのご挨拶もあり、、
最後は皆さんでカチャーシーを踊って、本当に楽しい宴の晩となりました!!
いろいろとご用意をしてくださいました喜久村家の皆さん、地域の皆さん、本当にありがとうございました。ご馳走様でした!!
行ってきました!久米島に!!
沖縄県感動体験プログラム実証事業で開催されました「スーパー織姫たちの人生を紡ぐ旅・久米島紬を満喫する旅」
のモニターとして、1月21日~23日の2泊3日、久米島ならではの素晴らしい体験を沢山させて頂きました!
久米島は、沖縄本島の西約100キロに位置します。
島を一周するのに車で約40分という大きさです。
現在の人口約8,100人。
水がとても豊かで、洞窟からは8世紀頃のお米も発見されています。現在サトウキビ畑になっている畑は、もともとはすべて水田だったのだそう、、
水が豊かで8世紀頃には水田(棚田)が広がっていたという点は、農楽里ファームのある大岡と共通しますね!!
今回のモニターツアーに声をかけて下さったのは久米島観光協会の仲宗根麻衣子さん!「久米島で一番見て頂きたいのは、人、久米島の人です!」と話して下さったのですが、確かに皆さん本当に優しくて親切な方たちばかりでした!
集落散策をしている際に「観光かい?」と声をかけてくれた自転車のおじさんがいたのですが、「久米島いいとこよ~!」と笑顔で走り去っていきました!(^^)
久米島に暮らす人たちが、久米島を大切に思い大好きなのだなあ、とじんわりと伝わってきて、私も幸せな気持ちになりました!
久米島に到着しまして、バスで移動する間にいくつかの観光スポットを巡りました。
まずは、国指定重要文化財、築263年の上江州家(うえずけ)住宅です。
この柱はイヌマキの木。雨風にとても強いのだそうです。
台風の多い沖縄の離島の風土に耐えられる材が使われているのですね、、
こちらは屋敷林のフクギ(福木)。
成長はとても遅いのだそうですが(この木で300歳以上なそう)、風よけや目隠しとして使われています。
こちらは、君南風殿内(チンベードゥンチ)という琉球王朝時代に最高神職であった君南風(チンベー)の祭礼殿です。
バスは久米島の北側の海岸に向かいまして、「ミーフガー」と呼ばれる岩壁へ。女性が拝むと子宝に恵まれるというパワースポットで、一年のうち7月中旬から数週間、岩の間から日の出を見ることが出来るそうです!
波はとても荒々しく、でも小雨交じりの曇天でも海の青色はきれいでした!
さて、、久米島紬についての事前学習をする久米島博物館に到着しました。
学芸員の宮良さんは、久米島の自然や歴史、文化に精通されていて、どんな質問にも答えて下さいます!
後になって(農楽里に戻ってから)質問が浮かび電話をかけたのですが、とても親切に教えてくださいました! 今回博物館で見落としてしまったものを、また見に行かなければ==!
小さな博物館ですが、収蔵品やパンフレットなどの資料が充実していて、さらに学芸員さんも懇切丁寧にお話をしてくださる、、博物館が充実しているということも、久米島の人たちの郷土愛の現れなのだと強く感じました!!自然、歴史、文化、民俗、、それらを大切に思っているからこその博物館の存在ですもの!
手に持っているのは、蚕のゆきちゃん!(^^)
実物の約50倍の大きさで、このゆきちゃんを使っていつも子どもたちに解説をしているのだそう。確かに可愛い!口から糸が出てくるのですよ~!
蚕が吐き出して作る繭を強アルカリの液につけると、たんぱく質が溶けてふわふわの綿(真綿)になります。
そこから糸を繰り出し、よりをかけて糸にしていきます。
この糸が米島紬の横糸になるのです。
こちらは、繭から1本の糸をそのまま引き出して作った生糸です。蚕が吐き出した糸は髪の毛の約20分の一の太さなそう!何本かを束ねることで丈夫な生糸が出来上がります。この生糸が久米島紬の縦糸になります。
糸の染色には久米島に自生する植物だけが使われています。
例えば、ヤマモモとナカハラクロキを使いますと黄色に染まります。
ユウナ(オオハマボウ)を使いますと、青みがかった淡い銀鼠色に。
そしてこの黒色が、久米島ならではの泥染の黒です!
植物のタンニンと泥の鉄分の作用で黒色に染まるのだそうですが、この工程にかけるてまひまが半端ないのですよ=!
初めにサルトリイバラ(グールー)の染液に50回~60回漬けては干して風に当て、を繰り返します。次に、シャリンバイ(テカチ)の染液に同じく50回~60回漬けては干して、、を繰り返した後に(この段階で120回ほどの工程を経ていますね)泥液に漬けます。そして干した後でまたシャリンバイの液に戻して20回ほど漬けては干して、を繰り返し、また泥に漬けます。さらにもう一度シャリンバイの液に20回漬けて干してを繰り返してから泥に漬けます。。
染める織姫さんたちお一人お一人の納得の色になるまで、手間をかけていくのだそうです。
3か月以上かかるこの工程を経て、深みのある黒色が出来上がります。
そして染色を終えた後に機織りに入るのですが、久米島では、この染色から機織りまですべての工程が一貫生産で一人の織子(織姫)さんの手によってなされるのだそうです。
(昔は、養蚕から糸をつむぐ工程もすべて手作業で行っていたそうですが、現在ではさすがに大変なために多くの糸は仕入れているそうです。でも、養蚕から糸紬までの全工程を手作業で作り上げる反物もちゃんと継承されているそうで、年に何反かは作られているそうですよ。これはもう、「幻の」と言っても良いような反物ですよね!!)
織りが終わると、今度は砧打ちという作業を行います。
織りあげた反物を折りたたみ綿布に包んで杵で打ち付けます。叩かれることでつやと風合いが増すのだそうです。
最後の最後の難関!?は、とても厳しい検査。
この検査を経て質の良い正反と、いわゆるB反とに篩い分けられるのだそう、、
上記、工程をかなり端折って簡単に記しましたが、本当はもっともっと細やかにいろいろな手がかけられている技なのです。。
原材料となる糸は蚕の命から、、
染めの材料は久米島の植物や泥たちの命から、、
そして一人の織姫さんが心を込めて染めから織物までを仕上げて行く、、
久米島紬の着物を着るということは、久米島の自然と織姫さんたちの思いに身が包まれるということなのですね、、
幸せな気持ちになるわけです。。
旅先での美味しい食べ物との出会いも、楽しみの一つ!
この日の夕飯は、宿泊しましたリゾートホテル久米アイランドからすぐ近くの食堂にて、参加者の皆さんとの懇親会を兼ねての夕飯でした。
久米島産のモズク酢に、、
ゴーヤチャンプル、
久米島の海洋深層水で養殖された海ブドウのサラダ、、
日本一に出荷量を誇るという久米島の車エビの素揚げ!(殻も美味しい!)
そして、泡盛製造所から出るもろみ粕や月桃、ウコンなどの薬草をエサとしている久米島赤鶏のから揚げ!
久米島の海の幸のお寿司。。
どれもこれも美味しかったです。。。
最後に、、泡盛でほんのり頬が赤くなりました、、田村さん、香ちゃんとの3ショットです!
今日、caféのランチのお客様にお作りしました柚子ゼリーです。
搾りたての柚子とカボスの果汁に、オーガニックのきび砂糖を少し、そして本葛粉と寒天で固めました。
ゼリーの上には、パール柑の果実とジャムをのせまして、、
酸味のある爽やかなゼリーとなりました!
今朝はようやく雪が止み少し青空も広がっていたのですが、午後になってまた雪が降り始めました。
一年で一番寒いという大寒前後。その寒さは決して誇張ではなく本当に骨身にしみます、、
今日は、凍み大根作りを始めました。
昨年秋の大根は、9月の長雨のためにほんの少ししか採れませんでしたので、集落のばあちゃんに分けて頂きました大根を使いました。
貴重な大根、、たくあん漬けを作ろうか凍み大根にしようか迷ったのですが、凍み大根にすることにんしました。
大根を3から4センチの厚さの輪切りにして、外皮をむき、蒸し器で蒸します。
竹串が通る硬さになりましたら、水にさらして真ん中に菜箸で穴をあけ稲わらを通します。
このまま流水に一晩水にさらしまして、翌日に軒下に干すのです。