岩手へ行ってきました・・。
盛岡駅の周りにはマンションが林立し、昔の風情のある面影はなくなっていましたが、久しぶりに見る岩手山は、やはり雄々しく美しい・・。
こちらは天然記念物の石割桜です。岩をも割って育ちゆく植物の持つ生命力!
盛岡駅前では、被災地支援のためのチャリティーイベントが行われていました。
そこでお会いしましたのは、遠く熊本からバスで駆けつけてきた皆さん。
なかでも、沖縄のご出身で、現在熊本で「どぅしぐわぁー」(沖縄の言葉で友達)を営んでいらっしゃる店長さんは、サータアンダーギーという沖縄のドーナツを被災地を廻りながらお配りしているとのことで、もう、8000個以上も揚げていらっしゃるという事でした。
一緒に写っていますのは、地元の高校の郷土芸能クラブの子。被災地を廻り、「さんさ踊り」で励ましています。
農楽母さんは、岩手県鍼灸師会の方お二人に同行させていただき、三陸海岸の宮古市へボランティアに行ってきました。
驚いたのは、鍼灸師のお一人のYさん、何と農楽母さんの高校時代の同窓生!!三十数年ぶりの再会です。
彼女は、超エリートコースを歩みまして!・・・超有名国立大学から超有名大企業へ就職。しかし、そこで見聞したものと、世界を旅して歩く中から「このまま行けば、地球はもうそう長くはないな」と直感し、離職して、青年海外協力隊員としてタンザニアに赴いたそうです。。
帰国後は、自然に寄り添った暮らしがしたいと無農薬の米作りに励んだり、体のことを学ぼうと東洋医学の学校へ入り、現在は鍼灸師として開業されていました。
全く別の道を歩みながら、このように出会えるとは、なんという巡り合せでしょう!と、お互いに驚きました。
高校時代の記憶を色々とたどって行く中で、、Yさんとは、高校一年の時にちょっと変りものの!?女子3人で座禅の合宿に参加したことを思い出しました。
きっと、当時から、あるいはもっと幼いころから物質的なものよりも何か精神的なものを求めて生きていく運命だったのかもしれません。。
避難所となっている宮古市総合体育館です。
緑色のテントは、お風呂でした。
避難所の中の様子です。
被災者の方は、プライバシーの無いこの空間でもう2カ月近くも暮らしています・・。
家族も家も失い、たった一人になってしまったおばあちゃんの痩せこけた背中。。
色々な心配事、それに加えて避難所での人間関係の難しさ、、夜にぐっすりと眠ることが出来ないそうです。
少しでも楽になって頂けたら・・・、と思い、お話しを聞きながら、体をほぐします・・。
若いお姉さんもお母さんたちも、、家も仕事も失い、、職場そのものが消えてしまい、これからどうしたらいいのか、と。。
肩が凝り、頭痛もひどく、顔の表情が重くなっています。。
施術を終えると、少し表情が明るくなり、「気持ちよかったです」とおっしゃって頂けたこと、そして、逆に「お礼です」と、弁当やジュースを手渡して下さったこと。。涙が出そうになりました。
生き延びた人たちが、暮らしを立て直していくために、そして深く追った心の傷と体のケアのために、まだまだ多くの力が必要になるのだと、強く感じました・・。









