4月29日。

東京御茶ノ水の明治大学アカデミーホールを会場に、「終焉に向かう原子力」第11回というシンポジウムが開かれました。

1000人の会場に1200人が入り、それでも、1000人近くが会場に入ることが出来なかったというくらい大勢の方が集まりました。

皆さんの関心の高さが伺えます。

シンポジウムでは、浜岡原発現地報告ということで、まず、明治大学客員教授の生方卓さん、浜岡原発を考える会の伊藤実さん、日本福音ルーテル掛川・菊川教会牧師の内藤新吾さんによる現場からの報告がありました。

その後、京都大学原子炉実験所の小出裕章さんの講演、ジャーナリストの広瀬隆さんの講演と続きました。
当日の講演会の映像です。

http://www.vimeo.com/23141252
マスコミでは報道されない研究者の視点、市民の視点、原発現場からの視点、ジャーナリストからの視点。

皆さま、お時間のあります時に、どうぞご覧になってみてください。。

農楽母さんは、小出裕章さんの人間性に心魅かれるものがあります。

講演の冒頭に、小出さんが語った言葉です。

「・・・私自身は原子力に携わってきた人間ですが、いつか起きると思っていました。原子力発電所というものは、とてつもなく巨大な危険を抱えたものです。それを、電気を使う都会では引き受けることが出来ずに過疎地に押し付けて、長い送電線で都会に電気を送るということをやっている、というものです。私は、それに気がついたのが40年前。

それから、なんとか一刻も早く原子力発電所を廃絶したいと思い続けてきました。こんな事故が起きる前にと思っていたけれどとうとう起きてしまい、今、福島ではとてつもない悲劇が進行しているわけで、それを防げなかったということを、言葉では尽くせない無念さで毎日を過ごしています。

また、原子力という場に携わってきた一人の人間として、今回の事故を防げなかった責任が私にもあると思います。皆さんに対して本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい・・・」

小出さんは、喪に服す黒いスーツとネクタイ姿で「ごめんなさい」、と、涙声で語り、聴衆に頭を下げ謝ったのでした・・。

一貫して原子力発電に反対の姿勢を通してきた立場なのに、今回の事故を我が身にも責任があると引き受け、さらに「ごめんなさい」を言えるこの強さ、真摯さ、誠実さ・・・。

小出さんは、弱きものの立場に立ち、弱きものたちと共に生きて行こうと決意した瞬間から出世の道を断たれてしまいました。。

と、言うよりも、自ら断ちきったのですね・・。

でも、誰にもおもねることなく、誰からも命令されることもなく、そして誰にも命令しないですむというこれまでの立場を何ら後悔していない、と語っています。

今、小出さんの人間性や生き方に共鳴する人が世界中で広がっています・・。

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